T.はじめに
EBM(Evidence-based Medicine:エビデンスに基づく医療)を実践しているかたや支援しているかたには、コクランライブラリ (The Cochrane Library, Update Software社、Oxford)はすでにお馴染のデータベースである。MEDLINEやEMBASEといった医学系の データベースと並んでコクランライブラリが有名なのは、ランダム化比較試験(randomized controlled trials: RCT)のシステマティックレビューが 収載されているからである。
英国の医療は国民保健サービス(National Health Service: NHS)によって提供されている。NHSは医療費を国の財政で賄う制度であり、 原則として国民は無料で医療をうけられる。
コクラン共同計画は、NHSが1992年にUKコクランセンターを設置―現在はregistered charity(いわゆる非営利団体)である―したことに 始まる。英国で始まったこの共同計画に、各国の意を同じくする研究者・協力者が集まり、システマティックレビューとRCTのデータベース 作成に膨大な時間と労力と頭脳が投入されている。コクランライブラリはこのアウトプットである。
システマティックレビューを行うのはたいそうな取り組みである。RCTの収集にあたって網羅性を追求しようとすれば世界規模の作業に ならざるを得ない。収集された論文は課題によっては数千に上る。これを評価、解析し、まとめて、得られる結論は、文献の山を絞って 得た一滴のしずくのようなものである。もちろん、それぞれのRCTは一人一人の被験者から得たデータで成り立っている。
1948年に最初のRCTといわれるストレプトマイシンの臨床試験が行われて以来すでに50年余、世界中に100万ともいわれるRCTが実施され、 数多くの論文が発表された。こうした試験のあるものは取り上げられ、あるものは埋もれている。「ヘルスケアに関してより十分に説明されて 決断したい人たちが、入手可能なエビデンスに基づく信頼できるレビューにアクセスできないでいる1)」「トピックごとに、すべての RCTを定期的にクリティカルにまとめていないことに関して、われわれ専門家は批判されるべきである2)」とコクラン共同計画を 提唱した医師であり疫学者であったCochraneは書いている。
エビデンスのレビューがシステマティックに行われ、常に更新されなければ、ヘルスケアの効果は適切に知らされないし、ヘルスサービスが 誤って提供されるかもしれない。さらに言えば、こうしたレビューがなされなければ、新たな研究をしようとする研究者やスポンサーは情報不足 のために正しい方向を誤り、すでに答えの出た問題の研究に時間と費用を費やすことになる。そして、その研究のために被験者が募らされる。
今般の情報技術と電子メディアの発達は、RCTの発掘と情報の交換、そして、情報の提供を格段に容易にしている。
エビデンスに関わる3つの立場(図1)のうち、本稿では、コクラン共同計画の概要とハンドサーチと呼ばれるRCTの登録作業について述べ、 さらにEUにおけるハンドサーチの状況に触れる。
U.ランダム化比較試験
EBMの実践にあたってはエビデンス、すなわち研究をその研究デザインのタイプによって分類し、エビデンスとしての力が強いものを選択する。
治療・予防に関するエビデンスのタイプとしては、RCTのメタアナリシスにより得られたエビデンス、RCT、比較臨床試験、RCTが実施されて いないものや実施不可能な場合のエビデンスがあげられる。
「ランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)」とは、被験者をランダム割付けにより医学的介入(薬、外科手術、検査、看護、 教育、サービスなど)を行う群と比較対照群に分け、評価を行う臨床試験である。医学的介入が最も適正に評価される臨床試験の方法である。 RCTが複数実施されている場合には、メタアナリシスによって結果を統合して検討する。
従来、ランダム化は「無作為化」と訳されることが多かった。日米欧医薬品規制ハーモナイゼーション国際会議(ICH)における合意に 基づく「臨床試験のための統計的原則」が1998年11月に厚生省から通知されるにあたり、「randomization」に「ランダム化」という語が あてられた4)。
「ランダム割付け」とは被験者を試験のそれぞれの群に割付ける際にchance mechanismを用いる方法である。乱数表やコンピュータ 発生させたランダムな順序を用いる5)。被験者を作為なく複数群に分けた、というだけでは「ランダム割付け」とは言えない。 生年月日、曜日、カルテ番号、被験者が研究に組み込まれた順番などは「準ランダム割付け」(quasi-randomization)として、これを 用いたものは「比較臨床試験」(controlled clinical trial: CCT)と定義される5)。
日本で二重盲検法と称されるものは「二重盲検ランダム化比較試験」のことであり(図2)、RCTとはっきり記載されていないことがあるが、 CONSORT声明6)にもあるように、論文中に明確に「ランダム化比較試験」と書くべきである。
V.コクラン共同計画
1.コクラン共同計画の活動
コクラン共同計画は、ヘルスケアの介入の有効性に関するシステマティックレビューを「作り」、「手入れし」、「アクセス性を高める」ことによって、 人々がヘルスケアの情報を知り判断することに役立つことを目指す国際プロジェクトであり、いわば、NPO(非営利団体)である(図3)。
世界中からRCTやCCTを収集し、メタアナリシスを行ったシステマティックレビューを「コクランレビュー」としてコクランライブラリに収載し、 年4回刊行している。
コクラン共同計画は1992年に英国政府がNHSの支援のための研究調査機関としてUKコクランセンターを設立したのに始まる。この プロジェクトの趣旨に賛同するものにより、世界13ヵ国15ヵ所にコクランセンターが設立されている(表1)。各コクランセンターの設立の母体は 様々であるが、コクラン共同計画全体の組織とその展開については毎年開催されるコクランコロキアムなどで討議され運営されている。
コクラン共同計画の作業は9つの方針に基づいている(表2)。
また、構成は表3に示すようになっており、各国の人々は、共同レビューグループ、方法論作業グループ、フィールド、コンシューマ・ネットワーク などに参加し、各国内と管轄国のサポートはコクランセンターが、全般の運営は運営委員会が行っている。
表3 コクラン共同計画の構成
各国の人々は、共同レビューグループ、方法論作業グループ、フィールド、コンシューマ・ネットワークなどに参加し、各国内と管轄国の サポートはコクランセンターが、全般の運営は運営委員会が行っている。
共同レビューグループ(Colalborative Review Group: CRG)
コクラン共同計画の主な作業は、約50の共同レビューグループが行い、コクランレビューが作られ、手入れされている。グループのメンバー は、研究者、ヘルスケア従事者、ヘルスサービスを受ける人(コンシューマ)などだが、予防、治療、リハビリに関する個別ないし複数の問題に ついて、信頼性のある、最新のエビデンスを作るために、集まっている。
共同レビューグループはコクラン共同計画の目的にどのように貢献するかを簡単に述べたプランを用意する。このプランには、グループ 作業の計画、コーディネーション、モニタリング(編集コーディネータや、編集チームが補佐する)の責任者を記載する。また、グループが対象と する分野に関連する可能な限り多くの研究を検出し、特定のレジスタに収集する方法、また、そのレジスタにある研究を用いてレビューを作り、 続ける責任者を記載する。グループごとにグループの日々の活動を組織し管理する、レビューグループ・コーディネータを任命する。
共同レビューグループの作業は、方法論作業グループ、フィールド、コンシューマ・ネットワーク、各コクランセンターに支えられ、具体的な トピックについて、それぞれレビューアがレビューを行う。
方法論作業グループ(Method Working group: MWG)
コクラン共同計画が用いているような、研究を統合する科学はまだ揺籃期にあり、急速に発展している。方法論作業グループは方法論を 開発し、コクラン共同計画に対しシステマティックレビューの妥当性や精度を改善する方法を提言する。例えば、解析方法作業グループは各種 データを統計的に統合する方法を評価し、適応と勧告の方法作業グループはレビューの結果に基づいて診療への示唆に関する結論を 引き出すという大切な課題を探求している。
フィールド(Field)
フィールドは、疾患などのヘルスの問題点ではなく、ケアの設定(例えば、プライマリケア)、コンシューマのタイプ(例えば、高齢者)、介入の タイプ(例えば、代替医療)に焦点をあてたものである。フィールドのメンバーは、関連する研究の専門家の情報を検索し、そのフィールド での優先度と見通しが共同レビューグループの作業に反映されているのを確認する手助けをし、特別なデータベースを編集し、外部の 関連団体との活動を調整し、各領域に関連したシステマティックレビューにコメントする。
コンシューマ・ネットワーク(Consumer Network)
コクラン・コンシューマ・ネットワークは、コクラン共同計画に参加しているコンシューマに情報とネットワークのフォーラムを提供し、世界中の コンシューマグループの連絡係となっている。
コクランセンター(Cochrane Centre)
各共同レビューグループ、方法論作業グループ、フィールド、コンシューマ・ネットワークの作業は、世界各地の15のコクランセンターの 作業によって、さまざまに促進されている。コクランセンターは教育研修などの分野でコクラン共同計画のメンバーのコーディネートを助けたり、 サポートをし、各国・地域においてコクラン共同計画の目的達成を推進する。
運営委員会(Steering Committee: SC)
登録された共同レビューグループ、方法論グループ、フィールド、コンシューマ・ネットワーク、各コクランセンターは、コクラン共同計画 運営委員会のメンバーの選出と年次総会にあたり、投票の資格がある。運営委員会は12名で、年2回(コクランコロキアム時と2月)会合する。 この2回の会合のほかにも、各種の作業部会は電話会議で定例会を行う。運営委員会の決定は、コクラン共同計画企画書に計画された 目標と目的にしたがって行われる。
事務局
運営委員会及び各作業部会は、英国にある小さな事務局がサポートしている。
支援者と支援団体
コクラン共同計画の作業は、各国の各種団体や基金により支えられており、これについてはコクランライブラリに謝辞を掲載している。
システマティックレビューとは、ある医学的介入についてのエビデンスを明らかにするために、世界中からの論文をあらかじめ定めた基準で 網羅的に収集し、批判的吟味を加え、要約するための方法である7)。RCTをメタアナリシスを用いて統合したシステマティック レビューは、エビデンスの強さでは最上位に位置づけられる。
3.RCTの国際登録とハンドサーチ
コクランライブラリには、RCTを含む比較臨床試験のデータベースCENTRALが入っている。
CENTRAL(セントラル:コクラン比較臨床試験登録)は、比較臨床試験の論文の書誌事項を掲載したデータベースである。電子的データベース であるMEDLINE(米国国立医学図書館作成)あるいはEMBASE(エルゼビア社作成)から電子的に検索されたもの、さらにハンドサーチによって 確認されたものなどを収載している。収載されている文献数は22万件余(コクランライブラリ1999年issue 2)である。この書誌事項には、 コクラン共同計画がハンドサーチによってRCTと確認した論文、CCTの論文、確認未実施(not assessed)の別が記載されている。電子的検索 された分については順次ハンドサーチによって確認作業が行われ、データが更新されている。
コクラン共同計画では、ハンドサーチとは、RCTの論文をもれなく確認するために、論説記事、投稿文等を含めて、雑誌を1ページ1ページ (例えば、人による手作業で)、計画的に検索することを指す。
コクラン共同計画は、英語文献に限らず、国際的にRCTなどの収集と検索を行っているが、各国でデータベース検索またはハンドサーチ によって見つけ出された臨床試験の書誌情報がまずCENTRALに掲載される。一定の品質管理のプロセスを経たものはCCTRというデータ ベース・サブセットに入る。
一方、MEDLINEにはキーワードや各種インデクシングとともにPublication typeの分類が付されている。このPublication typeにおけるRCTとCCT の定義はコクラン共同計画が用いているものと同一であり、コクラン共同計画の国際的なRCTの検出作業によってRCTやCCTと判定されたもの については、RCTやCCTという情報をMEDLINEに書き加える作業が、米国国立図書館との協定により1996年から行われている。
このように、RCTを国際登録することにより、「エビデンス」を求める人やシステマティックレビューを行う人がRCTを探し出す負担を軽減 することができる。
4.META
コクランライブラリにはMedical Editors Trial Amnestyによる情報の提供も収載されている。これについてはあまり知られていないので 簡単に紹介する。
比較臨床試験には、実施されていながらヘルスケア雑誌に投稿されても掲載されない、抄録しか掲載されない、あるいは投稿されない 臨床試験が数多く存在する。これら非公表試験のアムネスティをBMJ、The Lancet、Annals of Internal Medicineをはじめとする主な医学雑誌 各誌が呼びかけ、1997年9月プラハで開催された生物医学ピアレビュー国際会議(the International Congress on Biomedical Peer Review)から 始まった。公表されなくても、比較臨床試験の存在自体は明らかにしようということである。
この比較臨床試験の登録用紙は、アムネスティ参加の雑誌やコクランライブラリ、学会等で配布されている。登録内容は、連絡先、RCTの およその被験者数、被験者のタイプ、介入のタイプのみである。登録に際して試験結果は不要である。コクランライブラリにはこの登録情報のみが 収載される。
このようにして、ヘルスケア雑誌に掲載されていなくても比較臨床試験の存在が確認できれば、さらに情報を知りたい場合、例えば、 システマティックレビューを行うために試験を収集する時には、登録された連絡先に問い合わせて、試験の詳細を尋ねることが可能になる。 こうしたことは、パブリケーションバイアスを除く方向に向かった動きと言えるだろう。
なお、パブリケーションバイアスに関して、METAとは別に、臨床試験を実施する企業に対して試験の登録が呼びかけられ、すでに2社がこれに 応じ、試験の終了を待たずして登録されている臨床試験がある。
5.システマティックレビュー
システマティックレビューは、ある目的とする医学介入についてのエビデンスを明らかにするために世界中からRCTを網羅的に収集し、 批判的評価を加え、要約し、公表するものである。コクラン共同計画におけるシステマティックレビューは、「コクランレビュー」と呼ばれ、 厳密な方法論が定義されている5)。コクランライブラリの主なデータベースである。
レビューの結果と考察には、ヘルスケアの決断に関連するエビデンスの強さ、結果の適用性、コストと現在行われている診療との考察、 介入によって予想される効果、害、コスト間のトレードオフなどが含まれる。
これらの結果を総合して、自分の患者に適用するかどうかが決められる。
W.JANCOC
日本においてはJANCOC(The Japanese informal Network for the Cochrane Collaboration、代表 津谷喜一郎)が1994年に設立されている 8)。
JANCOCは、緩やかな人的ネットワークであり、コクラン共同計画の日本への普及・啓発活動を主に行っている。
インターネットで情報を発信しているので、ホームページをご覧いただきたい(表6)。また、2種類のメーリングリストで情報の交換と提供 を行っている。
これまでの主な活動内容とこれからの展望は以下のようである。
1.セミナーの開催
関連したセミナーやワークショップを開催している。過去1年では、JANCOC/ユサコジョイントEBMRセミナー(ユサコ共催、大阪/東京)、 第2回Evidence-Based Medicineセミナー(自治医科大学地域医療学研究室共催)、第2回システマティックレビューワークショップを行い、多くの 参加者があった。
2.出 版
コクラン共同計画に関する情報や記事をはじめとする日本語の資料集「コクラン共同計画資料集」8)の刊行、 「Systematic review」7)と「Effectiveness and Efficiency1)」の日本語版の発行およびそれらの出版のサポートが ある。
3.翻 訳
コクランライブラリに収載されているコクランレビューの抄録を日本語に訳す作業を行い、公開している(図4)。当初、「平成9年度 難治疾患・ 稀少疾患に対する医薬品の適応外使用のエビデンスに関する調査研究」の予算が一部用いられた。主に薬剤師と医師が翻訳とチェック作業を 行っている。このコクランレビューは医療関係者ばかりでなく、医療を受ける患者側にとっても重要な情報である。この抄録が日本語で読める 利便性ははかりしれない。どなたでも読めるようにインターネット上で無料で公開している(表6)。
なお、コクランライブラリは年4回発行されているので、内容についての最新情報は英語版で確認していただきたい。
4.日本のRCTのCENTRALへの収載
日本発行の医学系雑誌は英文のデータベースであるMEDLINE及びEMBASEに収載されるが、その数に限りがある。JANCOCの調査によれば 1999年3月現在でIndex Medicusに118誌、EMBASEに198誌であり、重複63誌を含むため、合わせても253雑誌である。MEDLINEには歯科、 看護領域を含めて日本の医学雑誌約160誌が入っている。一方、日本語データベースであるJMEDICINEは約2,400誌を収載しており、先の 英文のデータベースを検索しても日本の医学雑誌に収載されたRCTは一部しか検索されないことになる。
世界中で実施されたRCTの総数は50万件とも100万件ともいわれている。日本で実施されたRCTは約1万件と推定される9)。 日本のRCTの多くが世界から取り残されて埋もれており、システマティックレビューの対象になっていない。そこで、1998年度より文部省科学 研究費補助金「研究成果公開促進費」を用いて、日本のRCTをCENTRALに収載するプロジェクトがスタートした。海外からもアクセスできる ようになれば、世界的レベルのEBMの実践に役立つばかりでなく、日本における臨床研究の質的向上、さらに他の分野における研究の 国際交流の可能性が高まることが考えられる。
5.コクランレビューへの支援
コクラン共同計画のコクランレビューへレビューアとしての日本人の参加者がいる。協力者もおり、JANCOCのメンバーが多く、相互に連携を とっている。
なお、コクランレビューにあたっての文献収集時にはコクラン共同レビューグループから論文の著者に問い合わせを行うことがあるが、 こうした問い合わせがあった際にはご協力をお願いしたい。本稿をお読みになったかたが、問い合わせを受けた医師からコクラン共同計画 について尋ねられたら、ぜひご説明いただきたい。
X.BIOMEDプロジェクト
RCTの国際登録のシステムとMEDLINEのPT分類にRCTあるいはCCTがあるのはすでに述べた。これらにハンドサーチされた結果が フィードバックされているのである。各国のコクランセンターは当該地域における発行雑誌のハンドサーチを管理していることがあるが、 必ずしもセンター員がハンドサーチを行っているわけではない。ヨーロッパの場合、EUが科学研究について研究費を設けているが、 ハンドサーチを中心とした作業にもEUから研究費を得て、ヨーロッパ内のコクランセンターを中心に協力して作業が行われている。
BIOMEDプロジェクトと称するこの作業は、第1期が1994年11月から1997年10月まで、EU内5ヵ所のコクランセンターと関係者が幹事をし、 EU19カ国各言語におけるハンドサーチ作業の推進にあたり、一般ヘルスケア雑誌120雑誌を対象としてハンドサーチを行った。コクラン共同 計画のハンドサーチは通常、最新号から雑誌の創刊年あるいは1948年のいずれか新しい方の年代までさかのぼって、行われる。作業量は のべ2740年分に上った。
このプロジェクトにはハンドサーチ担当者112名、レコード作成(質管理を含む)担当者13名、翻訳担当者6名、協力した図書館(例外的 貸し出しを含む)7館が関与した。出版社と雑誌編集者にも理解と協力を呼びかけ、その出版社発行雑誌の将来にわたる無償購読やバック ナンバーの提供、該当雑誌ハンドサーチ費用の一部を寄付、退職した雑誌編集者がハンドサーチ担当者として加わった、などの協力が 得られている。
この結果、21,720件のRCT/CCTが新たに検出された。このうち、MEDLINE収載誌でRCT/CCTと認識されていなかったものが17,230件であり、 バックメンテナンス時に反映されたと聞いている。これらの見つかったRCT/CCTはコクランライブラリのなかのデータベースCENTRALに収載 された。
現在、BIOMED 2プロジェクト、すなわち第2期が進行中である。第1期に対象とした一般ヘルスケア雑誌に加えて、専門ヘルスケア雑誌も 対象に加えている。EU内7ヵ所のコクランセンターが参加、コーディネートはMs. Carol Lefebvre(インフォメーション・スペシャリスト、UKコクラン センター)が担当している。
これにより1万件以上のRCT/CCTがCENTRALとMEDLINEに反映されることが期待されている。また、今期から新たにEMBASEとの協力 関係を確立し、EMBASEにもこの結果が反映されることになる。
こうしたRCTの登録作業はまことに地道なものであるが、データベースに反映されることによってヘルスケア関係者がRCTに容易にアクセス できることになるのであるから、その貢献の大きさは計り知れないものである。
EUがEU内の国を越えた研究に研究費を投入するのは、重要な研究であることに加えて、各国がそれぞれ行って統一性を欠いたり、作業が 重複したり、といった非効率性を排除するためとも聞いている。
RCTの検出作業は、コクラン共同計画のシステマティックレビューのためばかりでなく、CENTRAL収載によってEBMの実践にも有用であり、 BIOMEDプロジェクトは関係者の熱意と周囲の理解が育んだハンドサーチといえよう。
Y.最後に
1998年秋よりロンドンに1年間居住し、UKの行政、医療事情、NHSの動きを知る機会を得た。英国の居住は今回が2回目である。1997年の 政権交代以来、ブレア首相の労働党政権は国民に善かれと公約を実行に移してゆくが、経済的にも人員的にもひずみがあって、すぐに理想の 環境が整うわけではない。医療に関していえば、むしろ、医療を受ける側が納得して諦めなければならないものも多くあるように思われる。NHS のもとで、原則として医療は無料でうけられる。プライベート診療(私費医療)を選択するヒトもいる。ある疾患について数ある治療のなかで、 NHSはこの治療方針をすすめる、医師がこの治療を選択する、患者が納得して医療を受ける。その説明に国民はNHSの財政を、また、エビデンス を求める。
エビデンスは何なのか。これについては、システマティックレビューによって答えが得られるものがある。この答えを得るために、NHSは「NHS レビュー普及センター(NHS Centre for Review and Dissemination: NHS CRD)」を設置し、レビューを行い、レビューの結果を国内で普及する ことに努めている10)。エビデンスに基づいて医療やヘルスケアの施策が行われる。これをエビデンスに基づくヘルスケア (Evidence-based Healthcare: EBHC)と呼んでいる。医療(medicine)よりもヘルスケアの方がはば広い。そういう意味で、「EBHC」は「EBMの 実践を日々の診療に役立てている」というときの「EBM」とは、異なる雰囲気がある。
UKコクランセンターとNHS CRDは緊密に連絡があり、どちらもシステマティックレビューを行っているが、NHS CRDの行うレビューは英国国内 のヘルスケア施策に直接関わるものであるのに対して、コクラン共同計画の行っているレビューはそれにとどまらない点が大きく異なっている。 なお、NHS CRDが作成しているデータベース(Database of Abstracts of Reviews of Effectiveness: DARE)はコクランライブラリに収載されている。
コクラン共同計画はRCTにこだわっている。しかし、エビデンスをRCTだけに求めることに懐疑的な向きもあろう。RCTが存在し得ない分野や RCTを行いがたい分野がある。また、RCTが行われるのは試験環境、いわば特定の条件下であるから、RCTの結果が目前の患者に適用 できるか、躊躇があるかも知れない。誰もがそう思う。一方で、すでにRCTが行われている分野は多い。すでに行われたRCTとRCTを収集して 行われたレビューを参照して、人智を知ることができる。MEDLINEのPublication typeでRCTと限定して検索することもできるし、コクランライブラリは 収載データベースを横断的に検索することができる。コクランライブラリが膨大な情報を搭載していても、求める課題のシステマティックレビューが あるとは限らない。しかし、CENTRALのデータベースにRCTを見つけることができるかも知れない。EBMを実践する臨床医家にとっては、最初に コクランライブラリを手軽にあたってみることが時間の効率化に役立つだろう。研究者にとっては、検討する課題に関連する情報を得るには 網羅性の点で優れていると思う。医療を提供される側にとっては、自ら医療情報を探す縁(よすが)のひとつになろう。得られた情報を適用するか どうかは自身が判断する問題である。
言語による障壁は大きい。日本語に限らず、英語以外の各国語とも課題を抱えている。生物医学誌やデータベースは自国語のものが存在し、 必ずしも英文で内容が知れるようになっていない。臨床研究は世界規模で検討される時代である。データベース間の協力や新たなデータベースが 検討されていく。情報の提供や発信にはまず英語でのアクセス性を考慮する必要がある。医学雑誌についても、書誌事項が英文で利用できること、 つまり、少なくとも雑誌名、論題名、著者名が英文字で併記されるような雑誌なら、英文データベースにのりやすく、掲載される論文は世界中から アクセスしやすくなるということになる。
EBMのおかげでパラダイムシフトを迫られるのは、医師の意識ばかりではない。この喧しい時代に、EBMの実践にこだわらなくても、医療を めぐる環境や情報環境自体がじりじりと変換を迫ってきているのである。何ができるのか、何が求められているのか。それぞれのプロフェッションが 思いを巡らせる時なのだろう。
コクラン共同計画はそのひとつにすぎないが、大きな影響を及ぼす可能性のある動きといえるかもしれない。
謝 辞
本稿の執筆にあたっては、JANCOC代表津谷喜一郎氏とUKコクランセンターMs. Carol Lefebvre両氏に大いにご指導とご協力をいただいた ことを感謝いたします。
参 考 文 献
1)Cochrane AL. Effectiveness and Efficiency-Random reflections on health services. The Nuffield Provincial Hospitals Trust, 1972 [森 亨(訳):効果と効率−保健と医療の疫学− サイエンティスト社,東京,1999].
2)Cochrane AL. 1931-1971: A critical review, with particular reference to the medical profession. In: Medicines for the year 2000, p1-11, Office of Health Economics, London, 1979.
3)津谷喜一郎.In 第2回医療技術評価推進検討会議事録.1998 http://www.mhw.go.jp/shingi/s9806/txt/s0624-2.txt
4)厚生省医薬品安全局審査管理課長通知.「臨床試験のための統計的原則」について.1998.11.30;医薬審第1047号.
5)The Cochrane Collaboration Hand Book. Version 3.0.2 (September 1997). The Cochrane Library 1999 issue 2, Update Software, Oxford.
6)津谷喜一郎、小島千枝(訳).無作為化比較試験の報告の質を改善する方法−CONSORT声明−.JAMA(日本語版)1997(7):74-79.
7)Chalmers I, Altman DG. Systematic Reviews. BMJ publishing Group, London, 1995 [津谷喜一郎、別府宏圀、浜六郎(監訳): システマティックレビュー.サイエンティスト社.(近刊)]
8)別府宏圀、津谷喜一郎(編).コクラン共同計画資料集.サイエンティスト社,東京,1997.
9)津谷喜一郎、山崎茂明、兼岩健二、中山健夫.日本にRCTはいくつあるか?臨床薬理.1999;30(1):189-190.
10)廣瀬美智代、津谷喜一郎.英国NHSレビュー普及センターとコクランセンターの現状.病院.(掲載予定)