日本のRCT論文をThe Cochrane Library/CENTRALに収載するには

津谷喜一郎*1, 2  廣瀬美智代2  栗原千絵子2  平田智子2  金子善博2, 3
山崎茂明4  兼岩健二5  中山健夫6  松島 堯7

[医学図書館 2000; 47(1): 68-76]


T.はじめに


 コクラン共同計画(The Cochrane Collaboration) によって作成されるデータベースであるThe Cochrane Libraryは、エビデンスの 高い情報として、年4回更新され、CD-ROMとインターネットを介して医療従事者や患者などに届けられ、エビデンスに基づく医療 (evidence-based medicine:EBM)の情報インフラとなるものである(図1)。

 The Cochrane LibraryのいくつかあるデータベースのサブセットのうちCENTRALには、エビデンスが一定の水準を持つとされるRCT (randomized controlled trial:ランダム化比較試験)とCCT(controlled clinical trial:比較臨床試験)論文の書誌情報が世界各国から 収集され、1999年末現在、約25万件のRCT/CCT書誌情報が収載されている。だが、日本で行われた臨床試験の情報は、Medlineや EMBASEに収載されたものの二次収載がほとんどで、その数も欧米のものと比べて格段に少ない(表1)。

 日本の医学雑誌総数は約2,500あり、日本のRCT/CCT論文は約1万件と推定される1)。1998年度から開始された 文部省科学研究費補助金・研究成果公開促進費による「日本のランダム化比較試験データベース」 (Database of Japanese Randomized Controlled Trial:J-RCT、主任研究者:津谷喜一郎)プロジェクトは、日本で行われたRCT/CCT 論文の英文書誌情報をThe Cochrane Libraryに収載し、日本発のエビデンスが広く世界的に共有化され、さらに日本語のデータベースも 蓄積することによって日本語でもアクセスできる状況を作ることを目的として実施されている。初年度である1998年度は「臨床評価」誌より 1987年〜1995年分のRCT/CCT書誌情報119件をThe Cochrane Library 1999 Issue 3に提供、翌1999年度には同誌の残りの期間の 論文情報を提供すると同時に、他の医学雑誌の情報も収集する準備を進めている。「臨床評価」誌には1972年の創刊以来、 臨床試験論文が総計約400件掲載されていることから、初年度のプロジェクトの対象となった。

 本稿では日本発行の他の雑誌で同様な作業を行う際のモデルとなることを目標に、「臨床評価」誌についての具体的な作業を紹介し、 またそこでの問題点と解決方法、さらに、今後の発展に向けての方向性を明らかにしたい。


U.作業のすすめかた


 本作業ではJICST-Eを利用したが、全体のプロセスを2つのPartに分け、Part 1として、雑誌の選択からデータ収集方法の決定までの 基礎的作業部分、Part 2として、JICST-Eの具体的な使用以降の電子的作業を中心とした部分について、stepごとに述べることとする。 図2に全体の流れと対応するstepを示す。

Part 1 基礎的作業を中心として

 step1.雑誌の選択
 日本で発行されている雑誌で、MedlineやEMBASEに収載されていないもののうち、予備的な情報収集により医学系臨床論文、 特にRCTを多く掲載していると考えられる雑誌として、「臨床評価」誌を選択した。後述するハンドサーチのマスターリストで、この雑誌が まだハンドサーチされていないことを確認した。

 step 2.「臨床評価」誌をハンドサーチすることの登録
 The Cochrane Libraryに収載するデータの収集作業は多くは世界各国の人々のボランタリーな活動として行われている。一部は、 ヨーロッパ共同体(EU)がスポンサーしたBIOMEDプロジェクトのように組織的に行われている2)。対象となる雑誌の重複を 避けるため、ハンドサーチを開始する雑誌についての登録を行うことになっている。登録用紙は、コクラン共同計画のホームページ にあるHand Search Registration Form (http://www.cochrane.org/srch.htm#form)に必要事項を記入、faxなどで送付する(図3)。登録が 受理されると、master list (http://www.cochrane.org/srch.htm#master)に掲載される。

 登録用紙とそれ以降のデータの送付先はNew England Cochrane Center(NECC), Providence Office(米国Rhode Island州 Brown University内)であり、その後の質疑応答もここが窓口となる。

 step 3.ハンドサーチ
 RCT/CCTをデータベースから漏れなく拾い出すため検索式を立ててelectronic searchのみで収集する作業には限界がある。このため、 手作業で医学雑誌から検出する「ハンドサーチ」と呼ばれる作業が欠かせない2)。RCT/CCT選定作業は 「ハンドサーチマニュアル」3)にしたがって行われる。後記する作業計画に基づき、一定期間の「臨床評価」誌収載論文の ハンドサーチがなされ、1987〜1995年で、119件のRCT/CCTが確認された。このうち、RCTが111件、CCTが8件である。

 なお、ハンドサーチをすすめる際には、タイトルの記された論文表紙ページと、RCT/CCTであることが確定された試験デザインの 記載ページをコピーしホチキスでとめ、問い合わせがあった場合に対応できるよう手元に置くことが原則とされ、これを行った。この 論文表紙ページには、ハンドサーチを行った者のサインとその日付を記した。

 step 4.データ収集方式の決定
 ハンドサーチしたRCT/CCT論文の英文書誌情報は電子データによって収集、編集して提供しなければならない。書誌事項として アブストラクトは必須ではないが、あることが望ましい。

 日本の医学雑誌の英文による書誌情報データベースとしてすでに存在するものとしては科学技術振興事業団 (Japan Science and Technology Corporation : JST)によるJICST-Eファイルがあり、ここには日本の科学系雑誌約7,000誌の1985年 以降の英文書誌情報(雑誌によりアブストラクトを含む)が収載されている。

 そこで、今回の「臨床評価」誌の書誌情報のCENTRALへの提供についてはアブストラクトを含むことを方針とした。

 「臨床評価」誌の1996年以降分は出版社で英文の書誌情報を含め電子編纂されている。そこで、「臨床評価」誌の創刊1972年からの 全期間を3つの時期に分け、それぞれのデータ収集と処理方式を表2のように決めた。

 プロジェクトの初年度である1998年度はAのJICST-Eファイルを中心に利用したものを、1999年度は@とBのスキャナー取り込み分と 電子編纂分について行うこととした。

 なお、JICST-Eファイルの利用については、JSTと覚え書きを交わし、協力をいただいた。

Part 2 電子的作業を中心として

 以下に、JICST-Eファイルから収集したデータを整備し、The Cochrane Library/CENTRALに収載するに至る具体的な手順について記す。

 Step 1.JICST-Eのelectronic searchとダウンロード
 雑誌名(Rinsho Hyoka)と出版年(1987〜1995)で検索し、得られた209件の書誌情報を一括してダウンロードした。

 Step 2.手作業による補充・修正
 一括ダウンロードした中から、ハンドサーチによりRCT/CCTとされたもの以外の94件の論文を除いた。すなわち、209件中115件が RCT/CCTである。また、ハンドサーチの結果との対応から、JICST-Eに収載されていないRCT/CCT論文4件があることが明らかになり、 これらはスキャナーで、英文の書誌情報や抄録を取り込み、補充した。全体で119件である。

 この間、以下の問題点を手作業により補充・修正した。

 @JICST-Eファイルのアブストラクトは4,000バイトに限られているため「臨床評価」誌の著者抄録はその約7割が途中で切られており、 これらを手作業により補充・修正した。

 A論文著者のローマ字表記などについて確認・修正。

 B2バイトコードの記号や特殊文字についての修正(表3)。

 Step 3.プログラムによる修正
 CENTRALのフィールドとMedlineの出力スタイルをモデルにプログラムを開発し、作成された電子ファイルを表4のようなフィールドに加工した。

 このプログラムは、著者名の表記法(姓は全て大文字のまま、名は1文字目を大文字とし2文字目以降は小文字に変更)、著者の所属 (筆頭著者のみを所属とし別フィールドとする)、雑誌番号(JICST雑誌コードを医中誌雑誌コードに)、巻号頁などを変換するものである。

 ここで雑誌コードとしてJICST-Eではなく、医中誌コードを用いたのは医学系の雑誌数が約2,500とより多くカバーされ、本プロジェクトの 将来の拡張性を考えたためである。

 また、この作業の中で3つのフィールドを追加した。第1は、管理番号(Accession Number : AN)フィールドである。JICST-Eから由来の ものについてはこれを明記するため、JICST-E記事番号を挿入した。さらに、同じフィールドに、JRCT番号を並べて挿入した。JICST-Eからの データにJ-RCTプロジェクトとして修正を加えていることを示すとともにJ-RCTによってThe Cochrane Libraryに提供するデータを 一括管理するためのものである。JRCT番号は、例えば「JRCT87W1962E001」の87は出版年、W1962は医中誌コード、Eは 英文書誌事項データであること、001は1987年のW1962誌の1件目であることを示す。JICST-E記事番号がなく、JRCT番号のみのものは スキャナーで読みとった分となる。

 第2は、言語フィールドである。ここに原文が日本語(Japanese)であることを記載した。

 第3に、試験デザインを記入するフィールドを設定し、RCTまたはCCTと入るようにした。

 こうした修正をされたフィールドの内容とJICST-EレコードとCENTRALレコードのフィールド名との対応を表4に示す。

 step 4. ProCite ファイルへの変換
 NECCとの予備的データ送信の結果から文献管理ソフトProCiteを用いたものが最も望ましい送付条件であることが判明した。そこで、 step 3で作成されたファイルをProCite形式に変換するプログラムを開発し、ProCiteにインポートした。

 step 5.データの送信と収載状況の確認
 上記のようなプロセスを経て編集されたデータを、The Cochrane Library 1999 Issue 3(July 1999)に収載するため1999年4月に、 e-mailにてProCiteのファイルとreadmeファイルをNECCのProvidence Officeに送信した。その後収載されたThe Cochrane Library 1999 issue 3 で確認したところ、以下の3点が当方で期待したものと異なっていた。

 第1に、AN(Accession Number)のフィールドが収載されなかった。このため、JICST-E由来のデータであること、J-RCTプロジェクトで 修正を加えたことが表示されない結果となった。また、LA(Language)のフィールドも収載されなかった。NECC側に問い合わせたところ、 NECCとThe Cochrane Libraryの実際の作成にあたるUpdate Software社との間の問題とのことであり、2000年のIssue 1に収載される予定である。

 第2に、提供したデータがCENTRALの部分集合であるCochrane Controlled Trial Register(CCTR)として登録されず、 “Not yet assessed”として登録された。CCTRは、RCT/CCTがハンドサーチで確認されたものである。送付されたデータが真にRCT/CCT であるかどうかをチェックする質管理は、NECC他の各地のコクランセンターとハンドサーチを行っているCollaborative Review Group (CRG)で行われているが、日本からのデータは言語の面で対応できずチェックが済んでいないことがその理由であった。近い将来、 日本側でこの質管理のシステムを整備することが課題である。

 第3に、重複(duplication)チェックが不十分であった。本プロジェクトによる提供以前に収載されていた「臨床評価」誌由来のデータがあり、 22件については旧来からあったデータが残り、今回送信したデータと差し替えられず、2件については重複して収載された。22件については アブストラクトがついていないなど質的に劣るものであるため、J-RCTプロジェクトが送付したものが採用されるよう交渉中である。


V.プロジェクトの成果と今後の課題


1.The Cochrane Library/CENTRALに収載


 The Cochrane Library 1999 issue 3/CENTRALに今回の作業により「臨床評価」誌からRCT111件とCCT8件のレコードが収載された。

2.データ処理システムの開発

 「臨床評価」誌の書誌情報の収集・編集作業をモデルケースとして、雑誌の選択からCENTRAL収載までの一連のシステムが確立され、 また、JICST-Eファイルを利用する際の問題点と解決方法が明らかになった。スキャナーで取り込んだデータ、電子編纂されたデータを ProCiteファイルに加工するためのシステムも開発中である。これらの方法はJICST-Eに収載されていない雑誌を含めて他の医学雑誌に ついての作業の際にも応用できるものである。

3.送付データの質管理の方法論開発の必要性

 送付したデータの実際の収載状況を確認した際に、言語の問題がRCT/CCTであるかの質管理の上で障壁となっていることが明らかとなった。 J-RCTプロジェクトは、日本で行われたRCT/CCT論文データをThe Cochrane Libraryに提供していくと同時に、日本側の質管理の 方法論を検討する必要がある。

4.JSTとの協力体制の拡張

 JICST-Eファイルのデータ利用にあたり、今回はJSTのご協力のもと、J-RCT側で加工したが、将来的には、JST、J-RCTプロジェクト、 コクラン共同計画の3者の連携が形成されることを期待したい。1999年度は他の医学雑誌のデータ収集作業に着手しているが、 「臨床評価」誌の事例は、他誌について実施する場合も応用できるだろう。

5.大規模ハンドサーチプロジェクトへの展開とelectronic searchの必要性

 今回の作業は「臨床評価」誌スタッフの協力を得た。特に抄録の補充・修正などの作業は多くの手間がかかるものである。こうした 作業はボランタリーになされたものである。EUがスポンサーしたBIOMEDプロジェクトのように公的資金を大規模に投入したプロジェクトを 計画すべき時期にきているといえる。しかし、これには時間がかかろう。そこで、その前段階として、JICST-Eから一定の感度と特異度で RCT/CCTをサーチする検索式を設計し、electronic searchを行い、とりあえず一括してCENTRALに収載することが考えられる。 この作業をコクラン共同計画で世界中のデータベースとのコーディネーションを行っているUKコクランセンターとも共同して早急に開始したい。 この作業で収載されたレコードは質的には劣るものではあるが、並行あるいは後になされるハンドサーチにより質向上が図られるものである。

6.医学雑誌の質向上

 今回の「臨床評価」編集事務局との協力作業を通して、編集委員や編集スタッフは、EBMへ向けての雑誌論文のあり方について 学習する機会をもった。その結果、投稿規定が改訂され、RCT/CCT論文についてはCONSORT声明4)を採用し、 論文タイトル中に「ランダム化比較試験」の記載を入れること、また「構造化抄録」を用いることなどが盛り込まれた。The Cochrane Libraryに 日本の臨床試験論文の情報を提供するというJ-RCTプロジェクトは、情報提供としての意義だけではなく、日本の臨床試験論文の質の 改善に向けて啓発活動ともなっていくことが期待される。


W.おわりに


 日本のRCT/CCTがThe Cochrane Libraryに収載されることは、コクラン共同計画が行うシステマティックレビューに役立つだけではない。 そのRCT/CCTがEBMの実践にあたっている人々の眼に触れるということでもある。このことは、そのユーザーである医療従事者や患者に とっての利益だけではなく、医学雑誌発行者にとっては、掲載論文がより多くの利用者を得るという利益を持つものである。 The Cochrane Libraryに二次的に利用されることになるデータベースを作成するものにとっても同じである。

 今回「臨床評価」誌をモデルとして行われた研究プロジェクトでは、実際の日本のRCT/CCTをThe Cochrane Libraryに収載したのみならず、 そこで明らかになった問題点と解決方法は、日本の他の雑誌にとっても参考になると確信する。

 J-RCTプロジェクトは日本でなされたRCT/CCTを世界的なレベルで共有することを目的とするものである。

 EBMは「言うは易く、行うは難い」ものである。The Cochrane Library/CENTRALを充実させていく作業は地味なものではあるが、 EBMを支援する情報インフラづくりの一環として、より関心が持たれ、実際の作業がなされるべきものである。関係各機関、雑誌編集者、 医学図書館、さらに広く医学情報に関わる人たちの理解と協力を願いたい。


 本稿の一部は、1999年11月14日山口県宇部市での第5回日本薬剤疫学会学術総会で同じタイトルで発表された (薬剤疫学1999; 4 (suppl): 552-3)。


 本プロジェクトに協力いただいた科学技術振興事業団(JST)、国際医療福祉大学・国際医療福祉総合研究所、臨床評価刊行会に謝意を表す。


参考文献
1) 津谷喜一郎、山崎茂明、兼岩健二、中山健夫.日本にRCTはいくつあるか? 臨床薬理 1999; 30(1): 189-90.
2) 廣瀬美智代.コクランライブラリとハンドサーチ.ほすぴたるらいぶらりあん 1999; 24(3): 214-24.
3) JANCOC.ハンドサーチマニュアル−日本でハンドサーチを行うひとのために−.中嶋 宏(監修)、津谷喜一郎、山崎茂明、坂巻弘之(編). リサーチライブラリアンのためのEBM(仮称).中外医学社(近刊)
4) Begg C, Cho M, Eastwood S, Horton R, Moher D, Olkin I et al. Improving the quality of reporting of randomized controlled trials -The CONSORT Statement. JAMA 1996; 276(8): 637-9. 津谷喜一郎、小島千枝.無作為化比較試験の報告の質を改善する方法 -CONSORT声明.JAMA日本語版 1997; 6: 74-9. Available from: URL http://www.sphere.ad.jp/cont/
5)「臨床評価」投稿規定.臨床評価 1999; 27(1): 243-4.

1 東京医科歯科大学難治疾患研究所情報医学研究部門(臨床薬理学)
2 Japanese Informal Network for the Cochrane Collaboration (JANCOC)
3 東京医科歯科大学大学院医学系研究科公衆衛生学
4 愛知淑徳大学文学部図書館情報学
5 順天堂大学図書館
6 国立がんセンター研究所がん情報研究部
7  (株)インテグラル



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